SMAP解散問題① SMAPの危機はいつから始まっていた?

SMAP解散問題に関して、時系列に沿って疑問点をあげていきたいと思います。何か感じていただけることがあれば幸いです。

SMAPの「生前葬」と「解散ドラマ」

2014年7月26日、SMAPが総合司会を務める「FNS27時間テレビ」冒頭は、「SMAP生前葬」という衝撃的なコーナーから始まりました。

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「SMAPとは何か?」という問いへの5人の答えは
中居「2つ目の苗字」
木村「今ある自分の基礎、帰れる場所」
稲垣「自分の中を流れる血液」
草彅「生きていることを強く実感させてくれるもの」
香取「僕の生きる意味」

そして、「27時間テレビ」内で放送されたSMAPが演じたSMAP解散ドラマ「俺たちに明日はある」

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ドラマ(台詞)と現実(インタビュー)が混ざりながら繰り広げられる、奇妙な感覚のドラマでした。
今、改めて見直すと、驚くほど2016年の解散騒動と酷似しているのです。

解散について聞かれたSMAPメンバーの答えは「聞いてない」か「何も答えられない」のようなあやふやなものばかり。SMAP自身が誰も解散しないと言うなら、解散は無いはず。それなのになぜ、早く「解散しません」と一言がないのか、その理由が分からない。当時は、無理やりドラマとして成立させるためだと思っていたが、今見るとこれもSMAPとIマネージャーの必死の抵抗だったのかもしれない。この状況は2016年の現実と似ている。 

参照: 【続】SMAP解散発表の世間が知らない事実・真相をごっそり調べてみた【随時更新】

このドラマの中で解散についてのインタビューに、香取は「解散するなら仕方ない。偉い大人の人たちが解散って言うなら、僕じゃどうしようもないし」と答えています。
香取くんのこの言葉は何を意味していたのでしょう?
この時点でSMAPは自分たちの危機を予感していたのでしょうか?

そもそもの、事の発端はこれ!

2015年1月22日、 週刊文春(2015年1月29日号)メリー喜多川インタビュー記事「ジャニーズ女帝メリー喜多川 怒りの独白5時間」発売。

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メリー喜多川は、ジャニーズ派閥問題について質問した記者に対し「派閥はない」と激昂。 SMAPマネージャー飯島氏をその場に呼び出し、激怒して言い放った。「対立するならSMAPを連れて出て行ってもらう。あなたは辞めなさい」

この文春の記事が出た時点では「事務所の上層部で何か揉めているみたい」というくらいの認識でした。その後も、表面上はSMAPは平穏に通常どおりに仕事をしているように見えたからです。
しかし、後になって、この時点から水面下でいろいろと事が進行していたことが明らかになります。

2015年の年末から2016年の年始にかけてSMAPの言動に異変が?!

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●2015年12月31日、毎年年末に開催される期間限定「SMAP SHOP」に中居と木村が二人でサプライズ来店。並んでレジを打つ。中居は今まで来たことがなく、10年目にして初めての来店です。
中居と木村が二人で行動することは滅多にないことなので、その情報はツイッターを通じてファンの間にあっという間に広がり、嬉しい驚きのあまり「来年何か良くない事が起こりませんように」「何か不吉なことが起こる前兆?」などという呟きも見られるほどでした。でも、その時は、まさか年明けに「解散危機」が報じられるとは、誰が思ったでしょう?

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●そして、同日、紅白後に放送されたTBS生放送番組「CDTVスペシャル!年越しライブ」にて、SMAPが10年前のライブ「Pop Up SMAP! 」のダンスメドレーを再現。締めは中居・木村2トップのダンス、ハイタッチ。

実は、このダンスメドレーは、10年前、2005年9月9日(15周年の日・国立競技場)のライブ当日、中居が肋骨と足を痛めており、踊れないという辛い状況で、メンバー達の優しさに助けられたという、中居にとって特別な思い出のあるダンスメドレーなのです。 特にこの日、木村が中居をフォローするためにアドリブでヴォーグとウインドミル(床に背中をつけてくるくる回るブレイクダンス)をしたというエピソードがあります。木村はウインドミルをするのは生まれて初めてで、中居をフォローしようと無我夢中のうちにやったら奇跡的にできたといいます。

10年前当時の中居のラジオ「サムガールスマップ」レポ抜粋

本番、俺と木村が紹介される前に、ちょっと歩いてその場所に移動するんですけど、木村が「ヴォーグ!」つってんのね。「え、何?」つって 「え~?」つって、「中居、前!」って。 なに言ってんのかな~と思って。ヴォーグっていうダンスの種類があるんですけども。前後に並んで立って、手だけでこう、ポップロックっていうのかな。阿修羅みたいなの。多分、それのこと言ってるのかな~と思って。で、僕も、ま、一応じゃぁ、ヴォーグやってみようかな、と、右足を、右手を出したら、木村が左手でやってたんですよ。「ほんとにヴォーグだ~」(笑)と思って。
その時ヴォーグをやって、木村が俺の周りまわって。アドリブなんですけどもね。こんなに上手く行くのかな~って。で、木村が、ステージの床でターンをしたんですよ。俺はびっくりして、何がびっくりかって、俺、木村がそれしたの、見たことないのよ、ターンをするのを。 「うわ、こいつ、ターンしてるわ~」って。ストリートダンスみたいので、ブレークダンスの、床で、が~ってまわったりするでしょ。あれをやり始めたのよ。で、「あ、木村、こんな事出来んのか~お前~」みたいな。
それがでもやっぱり、木村の優しさの表現の仕方なんだよね。中居木村っていうのは、ま、最後のやっぱ見せ所でもあると。これはちゃんと見せなきゃいけない、魅了しなきゃいけないな~ってところももちろん含めてなんだろうけども。後から聞いたら、生まれて初めてやったんだって。練習でも本番でもふざけて遊びででもやった事ないんだって。木村の優しさの表現っていうのは、こういう事なのかな~って。うん。
(中略)
3ステに行くのはね、バンドさんとの狭~い階段があんのね。そこはお客さんから死角になってんのよ。そこで、手を差し伸べるのが、木村だったりするのよ。見えないところで、「ほらっ」つって「えぃ~っ」って。
まぁ、いろんな(優しさの)表現の仕方があるんだろうけども。木村は、皆が見てる前で手を差し伸べるのは出来ない。全く出来ないね。階段がすっごい細いのよ、そんで急なのよ。うん。そこん時に、ぱって木村が手を出して。うん。だから、他のお客さんに絶対見えないから、バンドさんとも死角になって、ステージも死角になってるから(できる)。見えないところで手を貸してくれるのが木村だったりするのかな。うん。

木村くんの優しさ、そしてそれを語る中居くん。深いところで結ばれている二人の絆が感じられるエピソードかと思います。

●そして、CDTVでダンスメドレーに続いて歌った歌は、テレビでは滅多に歌われることのなかった、メンバー同士の絆、SMAPとファンとの絆を表す歌と言われる「STAY」

「STAY」歌詞抜粋

この先どうしようもなくすれ違ったり
言い争いがあったりもしても
どうか道の途中で手を離そうとしないでよ
ちゃんと繋いでてよ
Let you know 大事なのは続けること
楽しいだけで~いれない時も
I’ll be… Won’t you stay?
We’ll be 罪を捨て
僕らずっと共に歩こう
永遠なんて言わないからさ
5、60年 それだけでいい
(中略)
いろんなことを乗り越え
たったの50年 一緒に~♪

後に中居が自身のラジオ番組で、このライブは中居が演出したもので、3日間ぎっちりリハーサルをしたと発言。年末年始といえば最も多忙な時期。SMAPとしては異例の力の入れ方です。
中居くんは何を意図してこのライブを構成したのでしょう?
SMAPの何かの意思表示?ファンへのメッセージ?

●年が明けて1月2日の中居のラジオ番組「サムガールスマップ」は、ジャニーズ・セレクションと題して、SMAP以外の後輩グループ達の曲を流し、間でその曲に対するコメントを挟むという異例の放送内容だった。
番組最後に中居は「これは僕が勝手にやってることなんで。怒るなら僕のとこ来てください」と。今から考えれば意味深な発言です。

●1月16日の中居のラジオ番組「サムガールスマップ」で、リスナーからの「2016年の公約は?」という質問に「今年は踏ん張る」「とにかくワサワサせずに踏ん張る年にする」と発言。この放送は、解散報道の前日、1月12日に収録されたものです。中居くんのこの言葉にはどんな意味が込められていたのでしょうか?

そして解散危機報道へ…

ここまで読んで下さって、ありがとうございます。
次からが本題になります。
「SMAP解散問題② 解散危機報道から解散発表までの不可解」